「次は保健だよ」と伝えたとき、生徒から返ってくる反応、どんな感じだろうか。ふと、そんなことを考えたことはないだろうか。
「え、体育じゃないの」というがっかりした空気になるクラスもあれば、「やったー」という声が上がるクラスもある。この違いは、生徒の性格じゃなくて、積み重ねてきた保健の授業の中身によって生まれるものだと、僕は思っている。決して、たまたま元気なクラスだったから、というだけの話じゃない。同じ学年、同じ教科書を使っていても、この反応はクラスごとに驚くほど違う。
今日のポイントはこの3つだ。
- 「やったー」は特別な仕掛けじゃなく、小さな工夫の積み重ねで生まれる
- 目指すのは盛り上がる楽しさより「自分の考えが認められる楽しさ」
- 全部一気に変えなくていい、1つずつ試せば十分
「やったー」と言われた日のこと
ある年、朝の会で「今日の3時間目、保健だよ」と伝えたら、教室の何人かから「やったー」という声が上がったことがある。正直、これにはこっち自身が誰よりも一番驚いた。
それまで、保健は「体育の合間にやる、ちょっと退屈な授業」という扱いを受けることも多かった。それが「やったー」に変わった瞬間、これまでの授業の積み重ねが間違ってなかったんだと、素直にうれしくなった。
何が変わったのか、振り返ってみた
この反応が返ってくるようになるまでに、特別なことを一つ大きくやったわけじゃない。発問を工夫したり、班活動の人数を変えたり、机間巡視で表情を見るようにしたり。これまで紹介してきたような、小さな工夫を積み重ねてきただけだ。
一つひとつは地味な変化だけど、積み重なると「保健は自分の考えを聞いてもらえる時間」という印象に変わっていくのかもしれない。「やったー」という反応は、その積み重ねの結果として、ある日突然返ってくるものなんだと思う。
逆に、うまくいかなかった時期もあった
正直に言うと、ずっとこの反応だったわけじゃない。以前は、教科書の内容をそのまま説明するだけの授業をしていた時期があって、そのころは「次、保健か……」というため息の方が多かったと思う。
生徒の反応が薄いのを、当時は「この学年はノリが悪いから」と、生徒側のせいにしてしまっていた。今思えば、授業の中身を疑いもせず、原因を生徒に押しつけていたわけで、ちょっと恥ずかしい話だ。
小さな工夫を、3つだけ振り返る
これまでこのコラムで紹介してきた工夫を、あらためて振り返ってみると、共通していることがある気がしている。
- 机間巡視でノートより先に生徒の表情を見る
生徒が困っている瞬間に、その場で気づいて声をかけられるようになった
→ https://hoketto.jp/column7/ - 班活動をあえて奇数人数にする
全員が何かしらの役割を持たざるを得ない状況を作ることで、発言の偏りが崩れた
→ https://hoketto.jp/column8/ - 説明の時間をタイマーで区切って削る:生徒が考える時間を、意識的に確保できるようになった
どれも派手な仕掛けじゃなくて、授業の進め方をほんの少し変えるだけの工夫だ。でも、こういう小さな変化が積み重なった先に、「やったー」という反応があるんじゃないかと、僕は思っている。
「楽しい」の中身を、履き違えない
ここで気をつけたいのは、「楽しい」を目指すあまり、内容が薄くなってしまうことだ。ゲームやクイズだけで盛り上げる授業も一つの手だけど、それだけだと、その場は盛り上がっても、学びとしての深さが残らないことがある。
僕が目指しているのは、盛り上がる楽しさじゃなくて、「自分の考えが認められる楽しさ」だ。発問に対して、正解不正解じゃなく、自分なりの答えを受け止めてもらえる。この積み重ねが、結果的に「保健、楽しみ」という反応につながっていると感じている。
生徒からもらった、もう一つの言葉
「やったー」の日から少し経って、ある生徒が「保健の時間、考えることが多くて疲れるけど、なんか嫌いじゃない」とぽつりと言ってくれたことがある。「楽しい」だけじゃなく、「疲れるけど嫌いじゃない」という言葉の方が、正直こちらとしてはうれしかった。
ちゃんと頭を使わせている手応えと、それでも嫌われていない安心感が、両方入っている言葉だったからだ。表面的な盛り上がりじゃなく、こういう反応が返ってくる授業を、これからも目指していきたいと思っている。
クラスによって、積み重ね方は違っていい
もちろん、すべてのクラスで同じように「やったー」の反応が返ってくるわけじゃない。学年やクラスの雰囲気によって、響く工夫は違う。ある学年では机間巡視の工夫が効いても、別の学年では班活動の人数の方が響く、ということも普通にある。
大事なのは、どれか一つの正解を探すことじゃなくて、目の前の生徒の反応を見ながら、工夫を選んだり組み合わせたりしていくことなんだと思う。うまくいかない工夫があっても、それは失敗じゃなくて、次に何を試すかのヒントが増えただけだと、最近はそう捉えるようにしている。
焦らなくていい、少しずつでいい
「やったー」と言われるようになるまで、僕自身、何年もかかっている。今日紹介した工夫を全部一気に取り入れる必要はない。むしろ、一気にやろうとすると、こちらの負担が増えて、続かなくなってしまう方が心配だ。
まずは、今の授業に1つだけ、小さな工夫を足してみる。それを数週間続けてみて、生徒の反応が変わったかどうかを見てみる。うまくいけば続ければいいし、いまいちならまた別の工夫を試せばいい。この繰り返しでいいんじゃないかと思っている。焦って全部を変えようとしなくて大丈夫だ。
ダウンロード無料の教材のページには、今回紹介したような、生徒の考える力を引き出す発問を組み込んだ資料をまとめてある。小さな工夫の積み重ね方に迷ったときは、あわせてのぞいてみてほしい。
→ https://hoketto.jp/all-kyouzai/
「自分の考えが認められる楽しさ」を一番つくりやすいのは、中学1年の最初の単元だと思っている。「健康の成り立ち」の教材ページも用意しているので、気になる方はのぞいてみてほしい。
→ https://hoketto.jp/kenko-no-naritachi/
道具も特別な予算もいらない。今の授業のまま、進め方を少しだけ変えるだけでいい。派手な仕掛けは何もいらない。今日紹介したような小さな工夫を、まずは1つだけ、次の授業に取り入れてみてほしい。積み重ねた先に、「次は保健だよ」で生徒が喜んでくれる日が、きっと来ると思う。その日が来るまで、僕も一緒に試行錯誤を続けていきたいと思っている。

